青春地獄篇




ねぇ、教えて先生。
学校は私の人生を壊したかったのですか。
私の全てが嫌だったのですか。


悪いことなどしてはいません。
だけど心を病んで課題は殆ど出せない二年間でした。ごめんなさい。
だからよく罰として一時間床に座って授業を受けたりしてたっけ。


よく学校はいつも何かを恐れていましたね。
もう私たちの学校なんて足元にも及ばないような上位の進学校と比べたり、
いつも全校集会で荒れてたこの学校をここまで持ち直したと武勇伝を語っていたのが印象的でした。


どうやって更生したのか、よくよく分かる二年間でした。
何年も何世代も前のやり方。
もう平和なはずなのに、何かを恐れて大人は強がって。


人が歳を重ねるごとに変わってゆくように、人全体自体だって変わります。
なのに、もう悲しいけれど必要性の無い腐った考えを無理矢理口に押し入れるように。
みんなの口に、私の口に、賞味期限の切れたモノを、いっぱい、いっぱい、いっぱい。
いっぱい。


お前らな、これが食えなきゃ世の中通用しないんだぞ。
食えないお前らは恥ずかしい。
転校するまでそうなんだと思ってました。

何処かの会社の正社員になる以外の生き方なんて、認めてくれない学校でした。
あれも、これも、それも、全部言うことを聞かせようとしてたから、学力のレベルも、部活のレベルも何もかもが中途半端な貴方でした。


抑圧、プレッシャー、それで全てを丸め込もうと貴方は子どもを押し潰してましたから、
みんな知らず知らずに染まっていったのでしょう、まるで複製品のような出で立ちでしたね。

切り揃えられた前髪、ヘアアレンジは行わず、ロングのストレート。
気持ち悪い位のみんなみんな。
私を含めた、みんなみんな。

貴方の前を通りかかる度に、本当にそういう子しかいなくて、学校の前にあるこの坂はまるでロボット工場のベルトコンベアのようでした。

先生たちが生徒の前で普通に他の先生の悪口を言っていたのはびっくりしました。
あの時校舎のロビーで泣いてた休みがちの先生。
金八先生みたいに、熱血で、真が通ってて、生徒に愛されてた先生。
みんな辞めていきました。
先生という職業ごと。

私もだんだんおかしくなってきてしまいました。
学校に行けなくなってきて、夜に眠れなくなってきて、何処にいても心が沈むようになってきて、ある日突然思考のスイッチがプツンと強制終了されました。

そして忘れもしない3年の体育祭寸前の初夏、別室授業を受けようとしても、保健室に行っても涙が止まらなくなって。
保健室の先生に「どうしてそんな無理して来たの」と言われて初めて、あぁ、もう無理なんだと分かりました。

ギリギリのギリギリまで私も頑張っていたので、もっと早くに分かっていたら…ここまでめちゃくちゃにはなってなかったかもしれません。

先生も、クラスのみんなも、好きでした。嫌いになんてなれませんでした。

だけど貴方の中に根付く深い深い闇を私はいつも見つめていました。
この校舎の中には居ない、透明な誰か、そんな闇が貴方を支配している。
結局、貴方を好きにはなれませんでした。


私が貴方から去った17の秋からもう4年経ちます。
お元気ですか。私はお元気ではありません。
今も心の病と戦っています。
今も貴方の悪夢を毎晩のように見ます。
貴方から卒業した私を夢で見たことがありません。
自殺未遂もしました。
発狂しました。
夢を追えませんでした。

私が人として酸っぱい欠陥品だからなのでしょうか。
分からなくて今でも思い出しては泣いています。


ねぇ先生、学校は私のどこが嫌いだったのでしょうか。

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